
=ケープタウンから船でロベン島に渡った。南アにはアパルトヘイトに関する博物館や資料館が各地にある。孤島の監獄だったロベン島には見学ツアーで行くことができ、実際に収容されていた人たちがガイドしてくれる。
▼悲しい島
早朝6時半にケープタウン着。南半球アフリカの最南地方は霧雨が朝の大気と混ざり合い、予想以上の冷気が身にしみこんできた。
バックパックを背負ってロングストリートの安宿へ。早朝だが、ベッドが空いていればチェックイン可能。ここらへんの融通というか気前のよさが日本にもあればなと思う。
荷物を置いて、さっそくバスでウオーターフロントに向かった。そこは東京お台場も神戸ハーバーランドも真っ青なゴージャスさを放つキラキラエリアだった。白人家族や青春真っ盛りの黒人少年少女、たくさんの観光客と、ヨレヨレの緑色のタオルを首に巻いてスーパーのビニール袋を手に提げた妙な日本人約一名が笑ってうごめいている。
ぼくは単なる物見遊山でここに来たのではない。ミナミアフリカオットセイがじゃれたり昼寝したりしている小さな桟橋からロベン島に渡った。
スピードボートで30分のところに浮かぶロベン島は、アパルトヘイト時代の黒人専用刑務所だった。政治犯が投獄され、ネルソン・マンデラ氏も収容されていた。現在は世界文化遺産に登録され、ウオーターフロント発のツアーで上陸することができる。
刑務所は約32年間でのべ3千人を収容した。元収容者のパトリックさんが案内してくれた。今は稼ぎの観光施設なのできれいに改装されていて、たたみ3畳の独房も暗いイメージが浮かんでこなかった。悲惨な歴史の本質がペンキで隠されているような気がして、少し残念な気がした。
パトリックさんは立ち止まって解説をするたびに「レディスアンドジェントルメン」と丁寧に話し始める癖があった。そして「刑務所をもっと知りたければ、刑務所に入れられてみましょう」と一堂を笑わせたりするのだった。
彼は最後に力を込めて言った。「暴力や権力は何も生まない。破滅を招くだけだ」
帰りのボートからはテーブルマウンテンが青空に映えているのが見えた。
(つづく)


