=恥ずかしいまちかど。国際文化観光都市らしい。
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同じ物が、それを欲しい同じ時に、例えば900円と1000円なら、ぼくは900円で買う。
物の安売りは大歓迎だが、最近やたらに安く売られて食傷というか、辟易というか、無節操だわと言いたくなるのが「絶景」という言葉である。
一度は見たいどこそこの絶景、とか、一度は行きたい絶景、とか。
そんな出版物のタイトルにうたっているように、制作者自ら本当に行ったり、見たり、その絶景を撮影してつくった本ならいい。
けれどパラパラとめくってみると、世界どこかの写真ストック企業から有償で手に入れた写真、つまりはどこかで見たことがある写真が多々堂々と使われている。
独自性のない素材で本をつくって、売って、恥ずかしくないのかね。
中にはオリジナル写真も混ざっているだろう。
そういう写真を見つけると、フォトグラファーの苦労が伝わってきて、見ているこちらまで暑さや湿気、険しい道のりや虫の襲撃などをイメージできると、マイッタマイッタと脱帽してしまう。
これのどこが絶景?というのもある。
その季節、時間、天候など諸条件が整えば、誰でも見れるやん、撮影できるやん、というようでは、「絶景」の説得力に欠ける。
誰かがオリジナルのアイデアでモノをつくり、それがヒットすると、安易な模倣、二番煎じが、いけ!それ!おこぼれちょうだい!と厚顔を見せる。
そうなると、本物の絶景まで軽薄になる。
安売りは言葉の格まで下げてしまうのである。
ちまたにあれもこれもと出回ると「絶景」はよくある風景になり、同じくバーゲン中の「絶品」はわたしがつくってもこんな味やんになる。
言葉には価値がある。
もっとよく考えて、伝家の宝刀を抜くがごとく、ここぞというときに使うべきなのだ。
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